ベカン遺跡から 3Km のところにあるチカナ遺跡。 規模は小さいながら モザイク彫刻が施された質の高い建物が多く残されます。 高位の貴族が
居所にしていたと考えられ、ベカンとの密接な関係が窺われます。
位置的にはリオ・ベック地域になりますが、チェネス様式のホチョブ遺跡と酷似した建造物や、典型的なリオ・ベック様式の建造物など、
興味深い建造物群を短時間に見学でき、是非訪問してみたい遺跡です。
シュプィルから国道186号を西へ 7km行くとベカン、更に3Km でチカナです。 遺跡は国道の南側ですが、道路を挟んで北側には外国人観光客がよく
宿泊するチカナ・エコビレッジがあり、ホテルから遺跡は徒歩圏内です。
(訪問日 2002年1月4日、2006年11月20日、2013年1月13日)
(Carretera Federal 186 en frente)
国道186号からチカナ遺跡へ折れて後ろを見返すと国道を挟んで反対側にエコ・ビレッジの入口が見えます。 標識にあるように国道を右(東)
に行くとチェトゥマル、左がエスカルセガです。
(Plano del sitio de Chicanná)
遺跡に入り、現地の案内板です。 何故 北を上にしないのでしょう?
見やすいように角度を変えて加工させて貰いました。 ローマ数字はそのまま建造物番号です。 建造物 I, II, III が入口に
近いのですが、順路は先に建造物 XX を見るようになっています。 急ぐ時は順路に逆らい建造物 II だけ見て帰る事も
可能ですが、時間が許すなら建造物 XX、VI は必見、見逃せません。
(Vista aérea por Google Earth)
Google Earth で空からの画像を確認すると 各建造物の実際の位置関係がわかります。 順路通り まず入口を入って西へ 200m 位歩き
建造物 XX へ向かいます。
遺跡名のチカナは、chi = 口、can = ヘビ、na = 家で、「ヘビの口の家」という意味になりますが、建造物 XX や II に見られる
大地の怪物の口を模った壁面装飾を指してチカナと呼ばれたようです。 チカナの発見は 1966年と比較的新しく、名前はその時に付けられた
のでしょうか?
建造物 XX Estructura XX
(Estructura XX)
と言う事で、順路に従い最初に目にする建造物 XX、建物の南東から見上げたところです。 リオ・ベック様式には珍しい方形の建物で、
現地の案内板によると、1階部分に部屋が7つ、 2階には4つある事になっています。 (Arqueologia #18 では 12 と 4 に
なっていますが、西側の付属部分を含む?)
(Estructura XX, fachada sur)
南向きの建物の正面には、1階と2階の両方の戸口に大地の怪物の口を模った壁面装飾があります。 リオ・ベック様式と
チェネス様式には共通点が多く、同じ様式という見方もあるようですが、明確に異なる点もあるので、この辺りは マヤ・トピックス
の中の建築様式のページを一度整理してみたいと思います。 この怪物の口を模した壁面装飾は 両様式に共通する特徴です。
(Dibujo de fachada sur de Estructura XX)
建造物 XX は かなり保存状態が良い方ですが、彫刻は部分的に崩れており、詳細を見るには模写が有用です。 これは Arqueologia #18
からスキャンしました。
(Los dientes o colmillos de mandíbula inferior de Cauac)
1階入口前にテラスが広がりますが、これは大地の怪物カウアックの下顎部分になっており、テラス手前にその牙の一部が残されます。
(後で見る建造物 II ではこの下顎の牙がより明瞭です。)
(Escalinata para subir al segundo nivel)
怪物の口の中に入ります。 正面に上へ登る階段があり、階段の手前左右にはベンチが設けられています。
(Los bancos a la entrada)
これが左右のベンチで、右の写真の右側のベンチの支えには彫刻された柱とバラ型の中に人面が刻まれた彫刻が残り、
こうしたベンチも リオ・ベック様式の特徴の一つと言われます。
(Escalinata bifulcada)
正面の階段を登り突き当たると左右に更に階段が続きます。 こうした屈曲した狭い階段もリオ。ベック様式ではよく
見られるようです。 写真左は突き当たって左側、写真右は突き当りを左へ登って見返したところで 反対側 (右側) の登りの
階段が写っています。
(Máscaras de chaac en cascada)
階段を登りきり細い通路に出ると、二層目の壁面装飾が目の前に広がります。 写真は正面右側角の四連のチャーク像を
見上げたところです。 二層目の壁面装飾は正面が崩れていますが、写真中央左にはカウアックの牙が2本残っていて、大地の怪物の
口が表わされていた事がわかります。。
(Lado este de Estructura XX)
これは正面右横の東側面です。 部屋の開口部の左右にはパネルが配され、ヘビの横顔のモザイク彫刻が施され、典型的なリオ・ベック様式を
示しています。 内部のベンチにはバラ型に人面の彫刻も残されます。
建造物 XX は 850年頃の建造と考えられ、1000年頃に西側に幾つかの居室が追加されているそうです。
建造物 XI Estructura XI
(Estructura XI)
順路に沿って南へ 200m 程行くと小さな広場と建築複合があり、これが建造物 XI になります。 現地の説明板
によると 12部屋分の基礎が確認されるが、建築当時の技術の低さから保存状態は良くなく、回収された土器類と考え合せると、
チカナのみならずベカンの支配地域全体でも最も古い部類の建物になるそうです。
(Estructura XI)
南側の建物は装飾性のない簡素な造りですが、写真の西側の建造物の方はモザイク彫刻のパネルが嵌め込まれており より凝った造りだった
ようです。
(Estructura XI)
西側の建物に近づいてみると入口の両脇には 建造物 XX 東側面で見たものと同じ ヘビの横顔のモザイク彫刻のパネルが残されて
いました。
建造物 I Estructura I
(Lado trasero de Estructura I)
建造物 XI から建造物 I, II, III へ向かいます。 写真は建造物 I の西側で、建物の裏側になり全面 壁で閉じられていますが、
建物の規模の大きさが感じられます。
(Lado sur de Estructura I)
これは南側にまわって南側面を見上げたところです。 建造物 I は両側に見せかけの塔を持つ典型的なリオ・ベック様式建築なの
ですが、塔の上部や中央居室の天井部分が崩れていて残念です。
(Lado sur de Estructura I)
同じ南側を少し離れて見てみると、人工の基壇の上に設けられた建造物 I と南側の塔が確認出来ます。 壁面に嵌め込まれたパネルには
切り石で作られた十字型が3つ残されますが、これはリオ・ベック様式では良く見られる装飾で、世界の四方向を示すと考えられます。
(Cara principal de Estructura I)
これが南西側から見た建造物 I の正面です。 建造物 I は中央に2列にわたり居室が合計6部屋設けられ、左右を巨大な見せかけの塔で
飾り立てた典型的なリオ・ベック様式ですが、かなり崩れている為に、あまり取り上げられる事が無いようです。
塔は角を丸みを帯びたモールディングで飾られ、前部は見せかけの急な階段、更に上部は仮面装飾を持った神殿と屋根飾りで全面的に
装飾を施されていた筈ですが、残念です。
(Detalle de una portada)
左右の塔の間は2列にわたり6部屋と書きましたが、戸口は3つでそれぞれに奥の部屋があります。 3つの戸口の左右は
建造物 XX、建造物 XI と同様に ヘビの横顔のモザイクパネルで飾られます。 写真は3つある戸口の一番左です。
建造物 III Estructura III
(Estructura III)
建造物 I は広場の西側を閉じる形で建てられていましたが、建造物 III は広場の北側にあります。 現在は西側にピラミッドの跡、
東側に居室跡が残りますが、どういう建物だったのか? 説明板によると 現在残る遺構は 古典期前期の 300-450年頃から古典期終末期に
かけて増改築が繰り返された跡で、当初は祭祀が行われる場所だったものが、次第に住居に変わっていったそうです。
(Estructura III)
崩れており、あまり注目しなかった事もあって、説明板の説明はあまり要領を得ません。 写真は東側の住居部分で、壁が円柱になって
いるよう見えます。 プーク様式との関連が気になりましたが、説明板では特に触れられていませんでした。
(Plaza principal y Estructura I, II, III)
すこし無理やり合成しました。 正面が建造物 III で、左に建造物 I の北側が写っています。 そして右側に見えるのが
広場東側を閉じる建造物 II で、チカナの一番の見どころになります。 (建造物 II と I は実際は平行で向かい合っています。)
建造物 II Estructura II
(Cara principal de Estructura II)
まず建物から少し離れて全景を見てみました。 建物の右側が少し崩れていますが、正面に戸口を3つ持つ建造物で、中央部分は
全面に装飾が施されています。 太陽が毎日再生する方角が東であり、マヤの世界観で一番重要な方角である東にこの建造物 II が
建てられている、と現地の説明板にありました。
(Reconstrucción de Estructura II)
修復前の写真を見ても中央部分と左側の壁面上部は現在見る姿そのままで、ほぼ建築当時の状況が残されていますが、崩れた右側
を補って屋根飾りをつけるとこの復元図になります。 ( Arqueologia #18 より)
リオ・ベック地域のチカナですが、ミニガイドではこの建造物 II が典型的なチェネス様式と説明されています。 確かに
リオ・ベック様式だけの特徴はこの建造物 II には見られず、下のチェネス様式の
ホチョブ 建造物 II と酷似しているので
チェネス様式と言えなくもないですが、ここは両様式に共通する特徴を持った建造物と考えられるでしょうか。
(Reconstrucción de Estructura II de Hochob)
(Estructura II)
大地の怪物カウアックを模った中央の戸口を斜めから見てみました。 下顎が伸びたテラスの先にカウアックの牙が配されます。
大地の怪物カウアック については、マヤ・トピックスで別途
取り上げてあります。
(Panel de explicación en el sitio)
現地にある説明パネルにある中央部分の模写が判りやすかったので切り出してみました。
(Mascarón de Monstruo de la tierra)
そして実物がこちらです。 こうした大地の怪物の顔を模った壁面装飾は、チェネス様式とリオ・ベック様式の遺跡で沢山見られますが、
最も完全な形を保っているのがこのチカナの建造物 II になると思います。
(La boca del Monstruo)
大地の怪物に呑み込まれてみます。 建物の背面が崩れているので建物裏の森の緑が覗けますが、壁は閉じられていて中は暗かったものと
思います。
(El interior de la portada principal)
中に入ると手前の部屋の左右にはベンチが作ってあります。 奥の壁は石組みの上に塗った漆喰がまだ残っていますが、残念ながら
落書きだらけでした。 漢字や平仮名が無くて良かったですが。
(Cuarto trasero)
ステップを超えて更に奥の部屋に行けますが、東側の壁が崩れているので奥の部屋は右の写真のような状態です。 ホチョブ遺跡の
建造物 II は3つの居室を持つだけですが、チカナでは奥にもう一列、5部屋あり、こちらの方が大きな建造物でした。
(Dintel de madera)
怪物の口から外に出ますが、戸口の木製のまぐさは大分古そうです。 セメントで補強されているようで、まぐさの木材はオリジナルで
しょうか。
(Los dientes o colmillos)
そしてテラスに出ます。 目の前には怪物の牙があり、まだ怪物の口の中!
(Glifos escritos en rojo)
建造物 II の見どころをもう少しだけ紹介しておきましょう。
中央の壁面装飾の右側には朱書きでマヤの神聖文字が残されます。 一文字分は充分解読できそうですが、何が書かれているのでしょう?
(Vivienda tradicional maya)
これは向かって左の戸口を飾るマヤ民家の壁面彫刻で、窪みに置かれていただろう像は失われていますが、建物が赤く塗られていた
事を示す塗料がところどころ残されます。
(Lado sur de Estructura II)
建造物 II 最後の写真は建物の南側面で、マヤアーチが2つ顔を覗かせ、居室が前後2列に配されていた事がわかります。
建造物 II は大地の怪物を模した中央の部屋で祭礼が行われたようですが、同時に貴族の居所として用いられたと考えられています。
建造物 VI Estructura VI
(Hacia Estructura VI)
さてあと残るのは建造物 VI です。 建造物 II から南東方向へ 100m弱進んで行くと写真の低い壁が見えてきます。
(Estructura VI)
建造物 VI は南向きに作られ、モザイク彫刻と高い屋根飾りがある中央部が印象的です。 現地の案内板によると、660年頃に中央部の
2部屋が最初に作られ、その後西側に4部屋、古典期終末期に東側に2部屋追加されていったそうです。
(Parte central de Estructura VI)
これが中央部分で、2つの居室は前後に作られ、屋根飾りが2つの部屋を隔てる壁の上に設けられ、中空の屋根飾りには神や貴族の
像を支えたと思われる突起が残っています。 手前の部屋はアーチ天井が崩れていますが、戸口の左右にはモザイクパネルが
嵌め込まれ、典型的なリオ・ベック様式を示しています。
(Panel de decoración con serpientes en perfil)
モザイク彫刻の中身は建造物 XX、XI、I と同じで、ヘビの横顔が表わされます。 この図柄自体はチェネス様式の壁面彫刻の中で
部分的に用いられたりしますが、この図柄だけ取り出してパネルに収めて戸口の左右を飾るのはリオ・ベックだけの特徴になる
ようです。
ミニガイドによると チカナの歴史は先古典期後期に遡りますが、絶頂期は 550-700AD 頃になり、当時はベカンに従属する地方都市
だったようです。 既に見てきたように装飾性に富んだ素晴らしい建造物が多く見られる事から、ベカンの支配地の中でも特に
高位の貴族層が住んでいたという見方もあるようです。 古典期の文字資料で歴史が明らかになると面白いのですが…。
後古典期前期に入り 1100年頃にはチカナは無人になったようです。
(Lado poniente de Estructura VI)
帰り際に中央部側面を西側から撮りました。 手前に写っている石組みは西側の居室部分になります。
チカナは3度目の訪問で、大分勝手知ったる我が家になりました。 新たな調査発掘は行われていないので毎度同じですが、
それでも何度来ても興味の尽きない遺跡です。
(Regreso de Xibalbá)
帰り道で、現地で知り合ったイタリア人夫妻が写真を撮ってあげると言うので、カウアックの口の中に入ってみました。
地獄へ落ちるのか、それとも生還か? この日はカンペチェからバラムク経由の長距離ドライブでした。 まずは
エコ・ビレッジに戻って生還にビールで乾杯です。